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【本】中島みどり / 白蓮華のように ―あなたに会えてよかった― (4)
一つ前の投稿の続きです。
死の恐怖の一つに肉体的苦痛があります。中でも癌の痛みは激しいらしく、大腸癌で亡くなった母も、普段は我慢強い人でしたが、痛みがやってくると、注射を見て騒ぐ赤ちゃんのように「痛いよー、痛いよー」と泣いていました。思い出すだけでも恐ろしい光景でした。
鎮痛剤が効かなくなってくると、いよいよモルヒネの投与。濃度がだんだん濃くなってくると、幻覚を見るようになりました。ベッドの周りを片付けていると思ったら、手ぬぐいが上手くたためず「折り紙の折り方を忘れちゃったよー」と寂しそうに言ってみたり、そうかと思ったら近くにあった本を包んで「ほら、弁当を忘れないようにね。早くしないと学校に遅れるよ」と。「そうだね。ありがとう」としか言えませんでした。
そして、いよいよ死ぬ直前には、もがき苦しむこともできないくらい体力は衰弱していました。普段何気なくしている呼吸も、マラソンランナーのように速い周期で肩を上下させ息をし、口から垂れたよだれを吸う力すらなくなり、「痛い」の声を発することもできない姿は見るに耐えませんでした。しかも、それが次第に弱まってくると、傍目には落ち着いているように見えるから、本人はどんなにか辛かったろうかと思います。「眠るように死んでいった」というのは残された者の気休めで、もしかしたら薄れゆく意識のなかで七転八倒の苦しみを味わっているのかも知れません。
今、世界中で多くの人が死んでいますが、一人一人があんな壮絶な最期を迎えているのかと思うと恐ろしい限りです。
しかし、口先でそうは言っても、腹底は全くの他人事で、日頃はは目先の欲と忙しさに振り回されて、酔生夢死の毎日。つくづく無常に対して鈍感なのだと思います。
肉親や知人の死は、そんな愚かな私たちに、諸行無常の現実をみせつけています。文字通り命がけの説法を無駄にしてはならないと思いました。
そして翌10月5日、この世を去る中島みどりさんの様子がご主人の筆により残されています。続きは、実際に本を手にしてお読みください。
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死の恐怖の一つに肉体的苦痛があります。中でも癌の痛みは激しいらしく、大腸癌で亡くなった母も、普段は我慢強い人でしたが、痛みがやってくると、注射を見て騒ぐ赤ちゃんのように「痛いよー、痛いよー」と泣いていました。思い出すだけでも恐ろしい光景でした。
鎮痛剤が効かなくなってくると、いよいよモルヒネの投与。濃度がだんだん濃くなってくると、幻覚を見るようになりました。ベッドの周りを片付けていると思ったら、手ぬぐいが上手くたためず「折り紙の折り方を忘れちゃったよー」と寂しそうに言ってみたり、そうかと思ったら近くにあった本を包んで「ほら、弁当を忘れないようにね。早くしないと学校に遅れるよ」と。「そうだね。ありがとう」としか言えませんでした。
そして、いよいよ死ぬ直前には、もがき苦しむこともできないくらい体力は衰弱していました。普段何気なくしている呼吸も、マラソンランナーのように速い周期で肩を上下させ息をし、口から垂れたよだれを吸う力すらなくなり、「痛い」の声を発することもできない姿は見るに耐えませんでした。しかも、それが次第に弱まってくると、傍目には落ち着いているように見えるから、本人はどんなにか辛かったろうかと思います。「眠るように死んでいった」というのは残された者の気休めで、もしかしたら薄れゆく意識のなかで七転八倒の苦しみを味わっているのかも知れません。
今、世界中で多くの人が死んでいますが、一人一人があんな壮絶な最期を迎えているのかと思うと恐ろしい限りです。
しかし、口先でそうは言っても、腹底は全くの他人事で、日頃はは目先の欲と忙しさに振り回されて、酔生夢死の毎日。つくづく無常に対して鈍感なのだと思います。
肉親や知人の死は、そんな愚かな私たちに、諸行無常の現実をみせつけています。文字通り命がけの説法を無駄にしてはならないと思いました。
9月27日(月) 精神力だけで持ちこたえていたのか朝起きるとぐったりし、容態は急変し、実質上、この日限りベッドから起き上がれない状態になりました。
9月28日(火) 足首より下が青白く、眼に膜がかかったようで精気が感じられなくなりつつある。どんなに辛くても決して笑顔を絶やさなかった妻が笑わなくなった。
9月29日(水) 痛み止めの麻酔の副作用もあり、意識がはっきりしないのか弱々しい。
9月30日(木) 主治医より「いつ、どうなってもおかしくない状況にある」と通知され、血中酸素も低下し始めたので個室に移動する。
10月1日(金) 呼びかければ最低限の反応しかできなくなっている。痛みのサイクルが短くなり、麻酔が欠かせない。
10月2日(土) 昨日よりもっと痛みが辛そう。子どもたちを連れていってもほとんど対応出来なくなった。
10月3日(日) 激痛の周期が60分から30分と短くなり痛々しい。幻覚が多く、夢と現実、現在と過去の区別がつかなくなってきた。
10月4日(月) 今日も激痛が頻繁にやってくる。しかし従姉妹が見舞いにやって来ると、嬉しそうに子どもの頃の思い出をしっかりとした口調で話したのには驚かされた。(102ページより)
そして翌10月5日、この世を去る中島みどりさんの様子がご主人の筆により残されています。続きは、実際に本を手にしてお読みください。
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